2024年7月3日に、TIS株式会社 新規事業創造人材育成プロジェクトの一貫として、「非クリエイターのための、写真を使った創造性開発Boot Camp !」を開催しました。このプロジェクトは、株式会社ゼロワンブースターのディレクションで行われ、新規事業創造のためのスキル面やノウハウ提供などを含めた一連のプログラムになっています。写真Boot Campは「マインド醸成」を目的に実施されました。(プログラム講師を、弊社の代表 :楢 侑子が担当しております)
理論と、実際のワークショップの様子
「果たして本当に、写真ワークショップが人々の創造性やマインドに変化をもたらすのか!?」前提となる考え方と、実際の様子をご紹介していきます。
前提となる理論:人間は外界を知覚しながら生きている
「私」という人間は、「私以外」の社会の中で様々な活動をしています。「私」は、眼や耳、嗅覚や味覚、触覚という身体に備えた感覚受容器を使って、私以外のセカイを捉えることができます。
例えば、眼を開けば、当たり前のように3次元空間のヒト・モノ・コトを視ることができます。眼で感受した光情報は、まずは視覚領野へと伝達されて知覚や認知を生み出します。さらにその他の感覚や過去記憶などと統合されて、高次元の思考や創造を生み出しています。
なおこのすべての行程には、各個人の独自のパターンが存在しており、認知スキーマを形成しています。
新規事業に必要な創造性とは?
新規事業は、人間の創造物の中でも非常に変数が多くて複雑です。個人によるアウトプットが社会からのフィードバックを受けて変化し、このやり取りを数え切れないほど行います。変数が無数にある中で「今は無き道」をクリエイトする作業といえるでしょう。
その起点になるのが、観察力と考察力です。「当たり前」だと思っていたセカイの中から「まだ無い道をつくるタネ」を見つけ出すことが、1stステップになるからです。
そんな「観察力」や「考察力」を、脳の処理プロセスの中でも一番小さな単位である「知覚」から始めること。目の前に広がっているセカイを、より解像度高く見つめて、操作できるようになることで、新規事業に繋がる創造性も磨かれていくのではないか、という仮説がこのワークショップのベースにあります。
写真で創造性が磨かれる、その根拠は?
心理学では19世紀の終わりから「人間の知能とは一体何か」「どんな要素があるのか」といった研究が行われていますが、知能と統計学に偉大な功績を残したスピアマンは、1904年の論文で「視覚や聴覚といった知覚の感受性が高ければ高いほど、それに相関して知能が高くなる」「相関係数はほぼ”1”」(Spearman,1904)ことを見出しています。
ここでの知覚とは、「どっちの線が長いか分かる」「音の違いを聞き分けることができる」といった、低次元の脳の解析です。また現代では、色々な知覚、中でも視知覚のうち空間認識力や空間記憶力の高さが、STEM(理系科目:Science科学・Technology技術・Engineering工学・Mathematics数学)の成績と相関することを示した論文は数多く存在し(Aspanani, Sadeqhi, Omid, 2023)(Liu, Wei, Chen, Hugo, Zhao, 2021)、これらの理系科目の学習のための、もしくは視知覚能力を向上させるためのゲームといったプログラム開発が積極的に行われ(Deveau,Lovcik,Seitz,2014)(Punzalan,2018)、さらにSTEAMへと発展しています。
STEAMとは一体何?
国際競争力を保つために、研究開発の基礎となる科学・技術・工学・数学が大切なのは言うまでもありません。それぞれの分野は別々に専門性を深めてきましたが、ここへきて4つの科目を統合的に扱えるようになる教育プログラムに焦点があたり、理系4科目を繋ぐブリッジ科目として注目されているのが、「A=Art」なのです(Yakman,2008)。
ちなみに、理系科目に役立つとされている空間認知が行われる脳の領野は頭頂葉に存在し、計算や構造化などを司る脳の領域と同じであることが分かっています。
また一方で、色や形、テクスチャーなどの「物体がどういう状態であるか」を分析する脳の領野は、側頭葉に存在します。これらはより詳細な分析や、人の表情や感情を読み取るような解析にも繋がっており(Vuilleumier, Armony, Driver, Dolan ,2003)(Canário,Jorge,Silva,Soares,Branco,2016)、「視る」ことが、高次の脳活動に与える影響の大きさを感じます。
実際のワークの内容と、参加者の作品
アメリカや中国で先行している、こうした心理学の基礎研究も参考にして、「視知覚」の感受性を高めて写真を撮影することで、普段使っていない視知覚を活発化するプログラムです。
今回は、皆さんに「ガラクタ」と「宝物」をご持参いただき被写体として利用することで、ご自身の価値観にも向き合っていただきました。さらに「視野」「視座」「知覚」を意識的にコントロールしてもらえるように課題を設定し、撮影→ふり返り→シェアを3回繰り返した後に、最終的に作品をアウトプットしていただきました。
1)視野のワーク:
視野のコントロールでは、「クローズアップ:俯瞰」と、「地面:空(比率)」に注目してもらいました。
<トカゲ>
トカゲをモチーフにしたこちらの作品は、トカゲのズームアップ具合と、空の比率を連動させています。
俯瞰になることで、また空の比率が高まることで、「トカゲの大冒険度合い」が高まるのが感じられるでしょうか?
画角の中で、より広大なセカイの中を旅している設定が生まれるからです。こうした画角の設定は、映画やコマーシャルなどで効果的に使われています。
<ボトル>
何か物体や景観を見る時に、「その物体の特徴を最もよく表し、私達が認識しやすい」特定の視点や角度が存在し、それを心理学で典型性(典型的な景観・典型視点Canonical View)といいます。
こちらのボトルの作品は、地面×空の比率を変える操作の中で、あえて典型性を外れるような視点を試みることで、それが面白さに繋がっています。
2)視座のワーク:
視座のワークでは「私的:社会的」「事実:イメージ」を行ったり来たりして、いつもの私とは違った視座を獲得することを目指してもらいました。
<ガム>
積極的に「あり得ない」シチュエーションを模索しながら撮影されている様子が感じられますね!
<ネコ>
重力や、光の形、社会的な意味を持つモチーフなどと掛け合わせて撮影されています。こうした視座の掛け合わせも、その人特有の得意なパターンがあるのですが、異なる次元を試している様子が素晴らしいですね!
3)知覚のワーク:
知覚の撮影では、体感覚や呼吸といったインナーの感覚と、思考や合理的な判断を働かせている時の違いを感じながら撮影してもらいました。
<映り込み>
知覚力、感受性の強い方の写真は、観ている方も同じ体感を得ることができますね。
<ケーブル>
同じモチーフを幾通りにも撮影することで、視点・視野・視座の違いや使いこなし方を習得することができます。
作品:
BootCampを行った後に、最終的に「私を表現する」作品を制作してもらいました。
参加者の感想
そんなわけで、あっという間の3時間でした。アンケートからも、普段使っていない脳の筋力をみしみし言わせながら取り組んでいただいた様子が伺えます。
今まであまり使ってこなかった感覚、世界への新鮮さに気づけるようになりました。
考え方のくせがある。上手くやってやろう、キレイにまとめようという意識が常にあるので少し直感的な感覚も信じて動いてみようと思いました。
小さな変化にも気づき、こだわることができた。
おわりに
知覚や感覚から始まる感性や知性。「それって何の役に立つの?」「面白いのは分かったけど、それで新規事業つくれるの?」
幾度となくこうしたご意見頂戴してまいりましたが、「当たり前の日常から、新発見が生まれます」「こうした感性や知性を高めるだけで新規事業は立ち上がりませんが、こうした感受性なくして新規事業がうまくいくとは思えません」というのが、主催者の立ち位置です。
感性や知性の解像度が高まり、定着することで、それは「再現性」のあるツールになります。そして、こうしたツールも、使ってこそ磨かれる類のものです。
「良い作物(新規事業)を収穫するために、まずは良い土(知覚)を耕そう」、そういった意味合いの強いプログラム。まだまだ一般的とは言い難いアプローチですが、この内容に興味を持ち、可能性を感じてご一緒させていただいたTIS・ゼロワンブースターの皆様には、この場をお借りしてお礼申し上げます。
あとはもちろん、”気づきの主体者”として、素晴らしい創造性を発揮してくださった参加者の皆様、本当にありがとうございました!
参照
・C. Spearman(1904). ‘General intelligence,’ objectively determined and measured. The American Journal of Psychology . Vol. 15, No. 2 (Apr., 1904), pp. 201-292.
・Saifang Liu.,Wenjun Wei.,Yuan Chen.,Peyre Hugo.,&Jingjing Zhao.(2020).Visual–Spatial Ability Predicts Academic Achievement Through Arithmetic and Reading Abilities.Front. Psychol .09 April 2021. Sec.Educational Psychology Volume 11.
・Amin Aspanani, Hosein Sadeqhi , Athar Omid(2023). The relationship between visual memory and spatial intelligence with students’ academic achievement in anatomy :BMC Medical Education volume 23, Article number: 336.
・Jenni Deveau, Gary Lovcik, Aaron R Seitz(2014)Broad-based visual benefits from training with an integrated perceptual-learning video game,Affiliations Expand,PMID: 24406157 PMCID: PMC4041814 DOI: 10.1016/j.visres.2013.12.015
・Jovita F. Punzalan(2018)The Impact of Visual Arts in Students’ Academic Performance,SEMAnTIC SCHLAR
・Georgette Yakman(2008). STEAM Education: an overview of creating a model of integrative education :ReserchGate .
・Patrik Vuilleumier 1, Jorge L Armony, Jon Driver, Raymond J Dolan(2003)Distinct spatial frequency sensitivities for processing faces and emotional expressions,Nat Neurosci. 2003 Jun;6(6):624-31. doi: 10.1038/nn1057.
・Nádia Canário, Lília Jorge,M F Loureiro Silva, Mário Alberto Soares, Miguel Castelo-Branco(2016).Distinct preference for spatial frequency content in ventral stream regions underlying the recognition of scenes, faces, bodies and other objects. 2016 Jul 1:87:110-119. doi: 10.1016/j.neuropsychologia.2016.05.010. Epub 2016 May 11.