行動経済学者 山根承子さん「写真の撮影枚数は幸福度と強く相関しているんです」

行動経済学者 山根承子さん「写真の撮影枚数は幸福度と強く相関しているんです」

撮影された写真を通して、撮った人の深層心理や表現力の特徴、潜在的な興味などを読み解くナムフォト独自のメソッド「写真心理学」。

その可能性を探るべく、各界で活躍されている”気になる人たち”に写真心理学を体験してもらいながらお話を聞いていきます。今回お話をお聞きしたのは、行動経済学者の山根承子さんです。

 

山根承子さん プロフィール:

株式会社パパラカ研究所代表取締役社長。博士(経済学)。大学教員を経て起業し、現在は行動経済学や統計学を用いたコンサルティングを行っている。著書に「今日から使える行動経済学(ナツメ社)」「行動経済学入門(東洋経済新報社)」など。

 

 

「行動経済学」「研究者としてのキャリア」とは

写真についてお伺いする前に…そもそも、「行動経済学」とは、どんな学問なのでしょう。まずは行動経済学について、山根さんの研究者としてのキャリアを交えて聞いてみました。

 

▶左)インタビュイー:山根承子さん、右)インタビュアー:楢

>>山根さんは高校時代に心理学に興味をもち、大学では文学部で心理学科を専攻されたそうですが。

山根承子さん(以下、山根_敬称略): 心理学は興味があって学びはじめたんですけど、そのうち心理学と経済学の融合みたいなことが面白そうだなあと思い、大学院で経済学研究科に移りました。この経済学が、ものすごく肌に合ったんですね。それでそのまま経済学者になりました。

 

>>経済学のどういうところが山根さんの肌に合ったのでしょうか?

山根: 経済学って、学問としての一つのポリシーがあるんですよね。経済学の、いらないものをどんどん削ぎ落としてシンプルな理論をつくっていくというスタンスもすごく好きですね。心理学は逆に、理論で説明できない動きを、それぞれの分野で掘り下げていく傾向があるんですけど、私はあまりそっちには興味がなくて。むしろ、全体の質というか、平均的な人がどう動くのか、みたいな大まかなルールがわかる方に面白みを感じます。

>>その「経済学のポリシー」って、どんなポリシーなんですか?

山根: 経済学がめざすのは、『効用の最大化』です。簡単に言うと、全員がこれ以上なく幸せな世界を作りたい、と言うこと。幸せを実現する方法を、各分野がいろんなアプローチで取り組むのが経済学です。たとえば労働経済学だったら労働環境とか雇用の状況をどう変えればみんな良くなるんだろうと考える。財政の分野だったら、税制をどんな風にしたらみんながよりよくなれるんだろうと考える、といったように。

>>全員がこれ以上なく幸せな世界をめざす。それが経済学のポリシーだとは驚きです。そんな中でも行動経済学はどんなアプローチをとっているのですか?

山根: 行動経済学というのは、ひと言で言うと、経済学に心理学の考え方を入れたような分野です。人間の頭の中って、バイアスがあったり、特有の物の見方があったりするんですよね。自分ではコントロールできない、ついついやってしまう、みたいなことってあるじゃないですか。そんな、人間の意思決定の傾向みたいなところをふまえて、社会全体がより幸福になる方法を考えようというのが行動経済学の基本的な考え方です。

 

写真撮影と幸福度の相関関係

>>なるほど、心理学と経済学の融合に関心をもった山根さんが行き着いたのが行動経済学だというところがよくわかります。そんな山根さんは前職(近畿大学)で大学生を対象に写真についてのアンケートをされていたそうですが、どのようなアンケート調査だったのでしょうか。

山根: 調査の目的は、大学生の幸福度は何で決まるのかを知ることでした。共同研究者の一人が趣味などを聞く延長として、写真についての質問を入れてみたのがはじまりです。質問項目は、この1週間に写真を撮ったか、撮ったとしたら何枚撮ったか、何を、誰を撮ったか、どんなタイミングに撮ったか、などです。

>>調査の結果、わかったことはありますか。

山根: なんと、写真の枚数は幸福度と強く相関していることがわかったんです。写真をいっぱい撮っている人の方が幸福度が高かったんですよ。幸福度の要素として他に、自由な時間がどれだけあるかとか、恋人がいるかとかいろいろあるんですけど、写真の数はものすごく重要な要素として出て来るんです。それがわかってから、写真についての設問は外せなくなっていますね。

>>写真の撮影枚数と幸福度の関係が調査結果としてはっきり出たというのはすごいですね。その結果に対して、どんな洞察をされていますか。

山根: 友だちと遊びに行ったり旅行に行ったりするときに撮ることが多いようなので、写真の枚数は楽しいイベントの代理変数になっていると考えています。被写体として一番多いのが友だちなので、誰かと遊んでいるときに撮ることが多いのでしょうね。

>>なるほど…。このところのコロナ禍で人と会うことも減っているので、学生さんたちも写真を撮る機会が減っているかもしれませんね。ところで、山根さん自身はふだん、どんな風に写真を撮られるのですか?

山根: コロナ禍の前までは、旅行とか散歩に行ったときに撮っていましたね。仕事柄出張が多かったので出張のついでにとか、夏休みに海外に行ったときとか。あとは結構、メモ的に撮っていますね。書類だとか、美術館のキャプションとか参考になりそうなインテリアとか。後で自分が見て何かを思い出すために撮っているということは、今でも多いです。

 

山根さんの写真心理学診断:写真3枚について

>>そんな山根さんに、直近1年で「心が震えた写真」を3枚提出いただき、写真心理学の診断をしました。まずは、その3枚の写真についてそれぞれ説明していただけますか。

山根さんが直近1年で「心が震えた写真」①

山根: まず写真を選ぶときに私が重視しているなと思ったのがエピソードです。写真そのものも大事ですけど、そこに至るまでの背景に自分が出る。写真を見ただけでは全部がわからないのが私の写真だと思います。で、こちらの桜の写真。これは、コロナ禍だけどお花見に行くか、ということで近所に出かけて撮った写真です。普通のお散歩の記録という感じですね。

 

山根さんが直近1年で「心が震えた写真」②

山根: 次の写真は、行動経済学の仲間とやっている定期の動画配信イベントのときに撮ったものですね。この回はスコッチウイスキーを飲みながら行動経済学を語ろう、という企画でした。前もって聴衆にスコッチの銘柄が共有されていて、出演者と同じものを飲みながら配信を聞くという回でした。私は聴衆でしたが、とても新鮮な体験でした。オンライン飲み会はあまり好きじゃないんですけど、友人たちがこの銘柄のスコッチを入手するまでの過程とかやりとりも含めて楽しかったんです。

 

山根さんが直近1年で「心が震えた写真」③


山根: 最後はパッタイです。私はとにかくパッタイが好きで好きで、いつでも食べたくてたまらないんですよ。これはすごく久しぶりに外でのランチでタイ料理屋に行ってパッタイを食べたときの写真です。久々の外食!しかもパッタイ!ということであまりの感激でパシャっとやったものですね。普段は食べる前に写真なんか撮らないんですけど、このときはたまらず。

 

写真心理学診断書(分析シート)を振り返りながら

>>どの写真もすごくフィーリングが乗っていますよね。桜なんかはこっちに迫ってくる感じがします。被写体との距離がすごく近くて、画面いっぱいに主題が入り込んでいるのが山根さんの写真なんだなあと感じます。そして、どの写真にも主題を補足する副題のような物が映り込んでいるところにも特徴があります。桜に対する建物とか、お酒とパソコンとか、メイン料理のそばにあるもう一つのお皿とか。普段から細かい数字を見比べたりとか分析していたりするところが写真にも出ているようですね。

 

▼山根さんに関する深層心理分析:一部抜粋

 

 

山根: なるほど。(分析シートを見つつ…)他の人がどうなのかも知りたくなりますね。診断項目もたくさんあって結構面白いです。この診断結果から特徴を切り出してみるのも面白いんじゃないですかね。例えば私は「スピリチュアル」の数値が0じゃないですか。診断説明を読んでその結果に納得してるんですが、多いとか少ないとかじゃなくて、0ってすごく特殊ですよね。この、0というところに着目する分析というのもいいんじゃないでしょうか

 

>>たしかに、「全くない」というところから分析することで見えてくるものがありますね。

山根: 診断を受ける人に、結果を見せる前に、それぞれの項目についてどんな結果になるかを自己分析してもらって、診断結果とのギャップを見るのも面白いかもしれませんね。私自身はすごく当たっていると思いましたが、ズレがある人もいると思うんですよ。アナリティクスが高いと思っていたけど、実はスピリチュアルが高かった、とか。

 

>>なるほど、自己分析をしてから結果を見ると、また違う発見がありそうですね。山根さんの写真は診断結果ではアナリティクスが高く出ていますが、写真を撮った背景をお聞きしていると、動機としてはまず最初に何かしらに心が動かされ、その証拠を残しておくように、後で虫眼鏡を使ってじっくり観察しているような意図を感じます。

山根: そうですね。外食するとしてもよくある居酒屋なんかでは撮らないですし、有名な観光地に行っても1枚も写真を撮らないということもあります。逆に、とにかく撮りたい!と思うことはありますね。私は街ではバルセロナが好きなんですけど、バルセロナに行ったら目に入ったものにとにかく、うわー!うわー!と反応して写真を撮りまくりますから。

 

>>なるほど。その様子が目に浮かびます笑。

写真として定着したものにはスピリチュアルな要素はなくても、写真を撮ろうと思った瞬間には感性が働いていて、シャッターを押す過程でお仕事柄、アナリティクスに寄って行くのかもしれませんね。

 

「写真心理学」の可能性

>>行動経済学者という立場から見たときに、写真心理学にはどんな可能性があると思いますか。

山根: 写真心理学で面白いなあと思うのは、撮りっぱなしにしがちな写真というものを改めて分析することで、自分を知るきっかけになるということですね。社会全体がより幸福になる方法を考える経済学的な観点からも興味があります。たとえば人間関係で困っている人がいるとします。そういう人に写真心理学の診断をしてあげることで、困った状況から抜け出すきっかけが見つかればいいなぁと。

 

>>体験してみて、写真心理学についてこうなると良いなと思ったところはありますか。

山根: 私は研究者なので、実証的なデータをとって、診断書に載っているようなことを実証する研究をしてみたいなと思いましたね。統計分析的な視点が加わるとより信頼できるものになりそうです。

 

取材を終えて:インタビュアーの感想

行動経済学者として、著書も多くご活躍されている方に「写真心理学」がどう映るのかが気になっており、ドキドキしながら診断書をお送りしました笑。

診断結果に一定の納得感をいただけたことで、まずは、この方向性で良さそうだという自信を得られました。
写真心理学は、これまでも実証と改良を重ねてここまでやって来ましたが、山根さんのおっしゃるように、より精度の高い実証、統計分析、心理学分析を盛り込んで、より多くの方に役立ててもらえる学問に育てていこうと、強く感じています。

山根さん、今後ともどうぞよろしくお願いいたします!

インタビュアー プロフィール

楢侑子  Nara Yuko

株式会社ナムフォト 代表取締役/ miit代表 / 写真心理学士

多摩美術大学で写真を始めて以来、写真家として活動を続けながら、mixi、TOKYO FM avexなどでメディアの企画・編集に従事。ライター時代はヒット記事を連発。さらにコミュニティデザインの仕事を経て2016年ナムフォト設立。ポートレート撮影を「究極のコミュニケーション」と位置づけ、撮影やワークショップを行う他、写真を使ったコーチングセッションを提供。BtoB向けのワークショップ運営やチーム立ち上げ、研修事業に関わっている。2020年、写真心理学という独自メソッドを用いた研修サービス「miit」をリリース。