建築家 塩浦政也さん「”写真”を因数分解して、社会に役立つツールとして再構築している点が面白い!」

建築家 塩浦政也さん「”写真”を因数分解して、社会に役立つツールとして再構築している点が面白い!」

撮影された写真を通して、撮った人の潜在意識や表現力の特徴などを読み解くナムフォト独自のメソッド「写真心理学」。その可能性を探るべく、各界で活躍されている”気になる人たち”に写真心理学を体験してもらいながらお話を聞いていきます。
今回お話をお聞きしたのは、建築家の塩浦政也さんです。
インタビューでは、事前に「1年以内に撮影した、心が震える3枚の写真」を選んでいただき、写真心理学診断書を発行しています。
ご自身が「建築家の仕事」を再定義して新しい仕事を生み出されていることもあり、miitが提供する「写真心理学」が従来の写真とどう違うのかにも言及いただきました。

塩浦政也さん(Shioura Masaya) プロフィール

株式会社SCAPE代表取締役。竹中工務店とのプロジェクトであるwith/after コロナの世界で、働くための空間を切り拓くには。未来へ導く7つのヒント」のコンセプトデザインリノべる本社であるCrossingFieldの設計業務、まちづくりプロジェクトや、CDO(チーフデザインオフィサー)としてさまざまな企業へのデザイン経営導入支援を手掛けるなど、建築分野を拡張しながら事業を展開。2021年には海から建築を再発明し気候変動に取り組むアーキテックスタートアップである株式会社N-ARKを立ち上げる。1999年に早稲田大学理工学部大学院修了後、株式会社日建設計に入社。2013年に社内で領域横断型デザインチーム「NAD」を立ち上げ室長を務めていた。2018年に独立して今に至る。

 

塩浦政也さんと写真の関係

>>塩浦さんは、ふだん写真って撮られますか?

塩浦政也さん(以下、塩浦_敬称略):すごく撮ります。1日30枚くらいでしょうか。職業柄、プライベートも仕事も関係なく「後で語れそうな場面」に出くわしたときに撮影していますね。
今はスマホですが、デジカメ時代はデジカメを首からぶら下げていつでも撮っていましたし、高校生の時は写真部だったんですよ。

建築家としての歩み・現在のお仕事

>>そもそも建築家を目指したのはいつだったんですか?

塩浦: 10歳くらいの時ですね。建築家になるには、大学は工学部で、そのためには数学が必要。高校では学生時分で出来ることは写真だと思って、写真部に入っていました。

>>驚きです!10歳やそこらで「建築は、要素として光も空間理解も全部が必要」「それには写真が有効」ってことに気づいていたんですか?

塩浦: はい。完全にパーパスドリブンでやることを選択していました。今の子たちからは、考えられないですよね。今はスラッシュ時代なんで。「副業 / 副業 /副業・・・ 」

>>確かに、建築家って副業や片手間ではなれない職業ですものね。塩浦さんはその後、日建設計でキャリアを積み3年前に独立されていますが、現在は具体的にどんなお仕事をされているんですか?

塩浦: 「21世紀の建築家」を掲げてます。20世紀の特に後半以降、建築家は「建物をつくる専門家」になりました。建築家だからといって、ただ建物の形だけをつくっている必要はなくて、建築的な思考を使って、取り巻く環境やプロダクト、サービスなど色々なものが作れるんです。
今は設計の仕事もしますが、事業全体やビジネスデザインを統括したり、クリエイティブディレクションのような仕事をすることもあるし、ファシリテーター、デザインリサーチ、マーケティングなど、10個くらいの役割を担っています。
日建設計時代に、紺野登さん直々にデザイン・マネジメントについて色々と教えてもらったことがあったのですが、その経験も大きいですね。
※紺野登さん:日本の経営学者で多摩大学大学院教授。知識創造経営の原理やシナリオ・プランニング、イノベーション・マネジメントシステム、デザイン思考などを教えている。

>>幅広いですね。でも、言われてみると「10個の役割」は、もともと建築の中に含まれている要素ですね。

塩浦: その通りなんです。

塩浦政也さんの「心が震えた3枚の写真」と写真心理学診断

>>そんな塩浦さんが「心が震えた瞬間」というテーマで、どんな3枚を選ばれるのか、とても楽しみにしていたんです。ぶっちゃけますと「意外!」という一面も発見できました。塩浦さんご自身はいかがでしたか?

塩浦: まず、選ぶのにめちゃくちゃ時間がかかりました!最終的に10枚くらい残って、そこから3枚に絞り込むのが大変でしたね。

1枚目

塩浦: 夏に、伊豆大島に行きました。この波浮港は「伊豆の踊り子」の舞台になった土地で、昔は日本有数の水揚げを誇ったそうです。2泊3日の家族旅行で、築100年くらいの木造住宅の離れを貸してもらって、母屋に住んでるお母さんが、毎日採れたての魚や野菜でごはんを山盛り作ってくれるんですよ。そんな宿で迎えた、翌朝の写真ですね。
「はー!町はこんな感じなんだ!」と、撮らずにはいられなかったです。
寂れてしまったけど、朝日が美しく、温かみもある光景。初めて飼い犬も連れて行った旅行だったんですけど、そんな思い出が重なって、まず最初に選んだ1枚です。

>>この写真は、とてもスピリチュアリティが高いです。朝日の美しさに感動して、そのままシャッターを押した様子が伝わってきます。それでいて「水平垂直」は正確で、空間が俯瞰的に切り取られているところは建築家っぽいです。全体的には「思った以上にピュアな方」という印象を持ちました(笑)

塩浦: 写真心理学診断書を読んで驚いたのが「水平垂直の正確さ」という記述でした。「水平垂直じゃない写真なんて、写真じゃない」くらいに思ってましたから。

>>建築や設計に関わってる方は、そういう傾向があります。

 

2枚目


塩浦: 愛犬のジャスミンです。飼いだしてちょうど1年くらいなので、今年の大きなトピックです。この日近くの本屋 へ行く時に初めて連れていったんです。本当だったら、娘や息子を連れていきたいところなんですが、そうもいかない年頃で、助手席に文句も言わず座ってくれるのはジャスミンだけなんです(笑)
車を停めた時に、思わずパシャっと撮影しました。
車内のホワイトレザーの色合いに対してちょうど柔らかい光が入ってきた感じがきれいで。ジャスミンと僕の背徳的なデートの感じも出てて気に入っています。

>>診断をしながらこれも驚いたのですが、塩浦さんがコミュニティ軸の強い方だったということです。この写真なんて、「コミュニティ」しか写ってないです。

 


※塩浦さんの写真心理学診断書の一部。コミュニティが40%を占める。

塩浦: それは、僕も意外でした。インサイド(内観的創造性)が高いとか、そういう結果になるのかなと思ってましたが、まさかのコミュニティ。僕自身に一番欠けているものだと思ってました。

>>3枚とも「コミュニティ軸」で、その中でも「家族の存在」が色濃く、ご家族のことをとても愛していらっしゃることが伝わってきました。

塩浦: そうなんですよね。スマホの中には、仕事の施工現場の写真とか、友人とビジネス合宿したときの写真とか色々あるんですが、「心が震えたか」と言われたら、そうではないな、と。結構、真面目に取り組んだんですよ(笑)

3枚目

塩浦: 2021年の9月ですね。千葉県いすみ市のいすみ川のほとりに立つコテージの手すりから満月を撮ったものです。この時も、家族で川沿いの一軒家のコテージを貸し切って一泊したんですよ。渋滞を避けたら、到着が16時頃になってしまって。急いでチェックインして、近くのスーパーにBBQの買い出しに行ったものの、買い忘れに気づいて寄り道をして、そしたらどんどん日が暮れてきて。幅員2.5メートルくらいの街灯のない砂利道を抜けて、クルマを傷つけないかヒヤヒヤしながらも、なんとか無事に戻ってこれて。
肉を一焼きして、ビールを飲んで、ほっとした時の写真ですね。日本ではないような幻想的な空間にうっとりしてしまいました。手すりの風合いも良いですしね。

>>この写真は、1枚目に比べると、よりデザイン的で、アナリティクス(能動的な知性)が働いています。共通している興味関心ごとは、自然の美しさと人間世界が交わっているようなシチュエーションですね。それにしても、異国感がありますね。シュールレアリスム(超現実主義的)な。

塩浦: そうなんですよ。子供達も興奮気味でした。

 

「創造性の高さ」を測る要素

>>写真全体を通して、やはりスピリチュアリティ、それは内発的動機だったりアートシンキングという言葉に置き換えてもいいのですが、そういう感受性が強い方なんだと思いました。そういう純粋無垢な気持ちって、大人になって、技術やノウハウを得ると減退してしまう方も多いのですが、塩浦さんは今もなお持ち続けていらっしゃるから、仕事でも新しい最先端の役目がまわってくるんでしょうね。

塩浦: なるほど。
写真撮るときって、自分の暗黙知がシャッター押すことで視覚化されるような、確かめ算的なところはありますね。その中でも好きな写真は、ダブル・ミーニングやトリプル・ミーニング的なもの。ワン・ミーニング的なものには惹かれないんです。

>>なるほど。3枚とも、被写体の奥にある背景やストーリーが複雑でしたものね。そして、そういった思考が瞬間的にできることこそが、創造性の高さだと言えそうです。

塩浦: アシスタントさんに「アイデア、どうやって出すんですか?」って聞かれることがあるんですが、「今からアイデアだそう!」って集中すると、5分や10分で必ず出てくるように普段から準備していることが重要と答えます。それがプロの仕事だと思っています。集中する以前に、頭の中で、常にずーっとブレストしているからなんでしょうね。

>>写真選びにもその様子が出ていますね。一流の仕事をされる方、中でも創業者や研究者、デザイナーなど0→1をつくられる方は、右脳を先行させながら、その後左脳を使って現実に着地させる力が強い方だと思っています。

塩浦: なるほど。ちなみに、真似するのもうまいんですよ(笑)

>>料理のスタイルが確立しているから、新しい材料が来たときに、すぐに自分の料理に取り込めるってことでしょうか。

塩浦: 何やかや「建築」がずっと好きで、学問として取り組み、実業としても経験を重ね、今もなお興味を持ち続けている。そんな「建築」という軸があることで、その周辺の活動を取り込めているということはありそうです。

写真心理学であぶり出された人生の目的

>>改めて、今色々な活動をしている中での、一番の喜びはなんですか?

塩浦: 仕事では、「21世紀の建築家」などと掲げていますが、それは手段の話なんです。人生の目的は、家族が安定してて、日々楽しく幸せな状態で、自分たちがかわいらしくあることですね。いわゆるWell-beingです
仕事面でも「あいつを出し抜いた!」とかは無縁の世界で「あー、今日も楽しかったなぁ」という、リラックスした状態にいられることが目的です。

>>選んでくださった写真も、その価値観に溢れていましたね。

 

写真心理学が貢献できる世界は?

■ツールとしての魅力

>>塩浦さんは、写真心理学の可能性にいち早く気づいてくださった方のおひとりなんです。改めて、今体験してみていかがでしたか?塩浦さんの視点から、写真心理学の魅力や可能性を教えてください。

塩浦: まず、仕事でも色々なワークショップやリサーチで写真を使う場面がすごくたくさんありますが、楢さんたちのようなアプローチで写真に向き合っている人たちを他に知らないです。
やっぱり、写真の撮り方や写真の見方には、それぞれの癖や主観が入り込みます。その「写真」を因数分解して、単なる思い出や一般論ではなく、社会に役立つツールとして再構築している点が、すごく面白いと思いました。僕が建築家としての実務をやりながら、職能を因数分解して今の仕事をやっていることにすごく近くて。

楢さんはプロのフォトグラファーですからね。絞りや何やら、写真を全部知ってて、その人が写真を分解しているあたりに、ある種の冷酷さや課的??に挑んでいる感じがして、素敵だし、シンパシーを感じますね。

 

■他分野への応用

>>ありがとうございます…。そんな「写真心理学」の使いみち。どんなことが考えられそうでしょうか?

塩浦: 僕が興味あるのは、例えば家族への応用など。例えば、年に1回、家族全員の写真を見ながらファシリテートしてもらって。
「この1年いかがでしたか?家族の会話がないっておっしゃってましたけど、皆さんが選んだ写真は家族愛に溢れていますね」とか言ってくれて。

第三者が介在することでできる家族の会話もあるし。でもそれは、ファイナンシャルプランナーや精神科医ではなくて、もっとフラットでフレンドリーな楢さんのチームがいいと思うんです。そういう対話の体験から得られるのは、「5万円で焼き肉食べて嬉しかった」「ディズニーランド行った」とかとは全然違う喜びですよね。

>>複数の家族が合同でやるのも良さそうですね。お互いのあり方から、学ぶことがありそうです。

塩浦: 精神科医の田澤雄基先生にお話を伺ったことがあるのですが、彼は「生活習慣病」ではなく「生活環境病」だと言っているんです。居住空間、周囲の人間関係など、全てが病の要因になる。だから、医学がやるべきことと、建築家が考えるべきことは似ていると。
例えば、普段頻繁に関わっている人って、どんなに忙しい人でもせいぜい5〜10人だと思うんですが、その人たちとの関係性を写真を使って分析するとか。初期調査や初期治療などにも活用できそうです。
「うつ病」などの病気になると治療するプレイヤーがいるんですが、その一歩手前のインターフェースを持ってるプレイヤーがいなくて。せいぜい、地元のスナックのママに「最近太ったんじゃない?」って言われるくらいですよね。

企業、家族、その他「関係性」があれば、どこにでも入れるのが「写真心理学」。その価値を言語化してサービス化することができたら、すごく未来があると思います。 

>>ありがとうございます。エントリー市場として、対企業向けサービスを手掛けていますが、元々はより多くの方に写真心理学を届けたいと思っているので、家族や地域コミュニティなどにも展開していきたいと思ってます。その方が、日本の幸福度にも貢献できますしね。

塩浦: 家族の対話サービスとかだったら、すぐにできそうじゃない?

>>できると思います。毎年1回、誕生日とかに来てもらったりして。なんならお葬式も面倒みます(笑)

塩浦: それでは僕は、その空間をつくります(笑)

>>わーい!よろしくお願いします(笑)

 

 

取材を終えて:インタビュアーの感想

塩浦さんの写真エピソードを伺っていると、どんどんエピソードが出てきて、普段から解像度高くシーンを捉えていらっしゃるからこそでもあるのですが、これがとても楽しい時間でした。

「どんどん話せるね〜。これすごいね、写真を見ながら話すって。楢さん、すごいもの発明したね。」

と、塩浦さんにおっしゃっていただき嬉しく思いながら、「写真心理学」は、撮った写真をふり返り、それについて対話することで、より心理学としての価値を発揮すると感じました。

「写真」という視覚情報を元に、撮影者のメタ認知を端的に表すことができる写真心理学。
診断内容を受け、その上で誰かと対話すると、より深く自分自身の認知の世界を拡げることができます。新たな気づきも生まれます。

「現象」のみが話題に上がる「会話」ではなく、その人の内面世界に触れることができる「対話」だからこそ、じんわりと心に響く「楽しい」が実現できます。

そんな「対話」は飽きることがありません。

飽きることがない、対話の感覚。…なるほど、確かに「家族」の間で効力を発揮しそうですね。

この日もまた、写真心理学をより一層育てていこうと思える、素敵な時間になりました。
塩浦さん、ありがとうございました。

 

 

インタビュアー プロフィール

楢侑子  Nara Yuko

株式会社ナムフォト 代表取締役/ miit代表 / 写真心理学士

多摩美術大学で写真を始めて以来、写真家として活動を続けながら、mixi、TOKYO FM avexなどでメディアの企画・編集に従事。ライター時代はヒット記事を連発。さらにコミュニティデザインの仕事を経て2016年ナムフォト設立。ポートレート撮影を「究極のコミュニケーション」と位置づけ、撮影やワークショップを行う他、写真を使ったコーチングセッションを提供。BtoB向けのワークショップ運営やチーム立ち上げ、研修事業に関わっている。2020年、写真心理学という独自メソッドを用いた研修サービス「miit」をリリース。