2011 / 11 / 18

29歳 ♯見つけた夢、ゲストハウス梅鉢

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【生年月日】
1982年2月3日 29歳
【出身地】
宮城県気仙沼生まれ
 →千葉→東京→名古屋→福岡→仙台
【現在地】
宮城県仙台市
【職業】
ゲストハウスオーナー
【ばーちゃんっ子だった。】
生まれは気仙沼で、ばーちゃんが気仙沼の船大工の金物屋さんの女将として商売を営んでました。栄えてましたね。兄弟はばーちゃんのことを「ケチだ」と言って嫌っていたけど、僕は大好きでした。“本質”だけを言うから。転々とした後、中学2年のときに福岡から仙台へ引っ越してきてからは、ずっと仙台です。

【初めての旅】
子どもの頃から何かを作るのが好きで、サッカーやけいどろでオリジナルルールを考えたりしてましたね。中学生になって皆が受験を意識し始めた頃に自分は急に冷めてしまって、学校へ行かなくなりました。勉強は全然しませんでしたが“外に出たい”気持ちはあって、地元の福岡へどんこうに乗って旅に出ることを思いつきました。新聞配達のアルバイトを始めてて月に3万円くらいの稼ぎだったから、何ヶ月やったらいくらになるとか、行き方も調べて。親も見守ってくれてましたね。

【音楽からの挫折と、次なる旅】
その後、東京にいた中学の先輩の影響を受けてベースギターを始めました。18歳くらいまではベースばっかりやってましたが急に面白くなくなって辞めたんです。調度その頃付き合ってた彼女に振られたり、人生の挫折のようなものを味わってましたね。

当時、ヒッチハイクの番組が流行ってて、友達が東北を一周した話を聞いて「何それ!ヒッチハイクでそんなこと出来るの!?」っていうその場のノリで、友達とふたりで沖縄へ向かうことになりました。財布も持たずに仙台宮城インターまでいって、初日で琵琶湖のふもとまで辿りついて、お金を持ってないから帰るに帰れなくなって。二日目の京都で出逢った人が物好きで(笑)、ご飯を食べさせてくれたり京都観光に連れていってくれたりしたんです。で、その時に鴨川に並んでいるカップルの光景を初めて目にして、すごく印象に残りました。でも鹿児島から沖縄へ行く船の中で「こんな他力本願な旅じゃ、自分が変われるはずない。」と感じて、鴨川の光景が目を離れず「京都へ行って彼女を作る!」という目標を作りました。

【初めてゲストハウスに泊った。】
京都で、初めてゲストハウスに泊ったんです。そこには写真家、ボランティアをやってる人、色んな人がいて、関西弁を喋ってて、異国に居る気分になりました。「どっから来たの?」「酒飲めよ。」みんな話しかけてくれるけど、自分の気持ちは満たされない。自分は音楽も駄目、学校へ行ってないから学もないし。そこで「違う環境で何かしてみたい。仙台を離れよう。」って思ったんです。

当時、京都には二つのゲストハウスがあってその一つが「東寺庵」です。ここのオーナーがとにかく自由な人で、オーナーの周りに集まってくる人も皆すごくって。「自分がやりたいから、やる。」という姿勢に、すごく影響を受けましたね。
結局、文化の違う人たちとの交流が、仙台に居たら気づけないことに気づかせてくれました。お金とかじゃなくて、日本人は全体的に満たされていないような気もしました。

で、「仙台で自分もゲストハウスをやろう。」って決めたんです。二十歳の時でした。

【ゲストハウスオープンまでの道のり】
すぐには出来なくて。22歳に今の嫁さんと出逢って、2年で結婚。当時彼女は幼稚園の先生をやってて、5歳年上だったし、とにかく現実を見せてくれたんです。自分は調理師を志すことになって、昼は仙台の小料理屋で働き、夜間は調理師学校へ通いだしました。
26歳の時にふたりで日本一周旅行へ出かけて、国内のゲストハウスを泊り歩きました。旅から帰って来た時、両親が「あんたが前やりたいって言ってたゲストハウス、今なら出来るんじゃない。」って言ってくれたんです。全ての経験が結びついたような気がしましたね。

でも、そこからはまた長かったんです。ばあちゃんが仙台に残してくれた土地と家があったから「リフォームすればすぐに出来る!」と思っていたら昔の建物だから問題が山積みで。
もう、臨終間近で意識もうろうとしてたばあちゃんに、「ゲストハウスをやりたい。」って言ったら、首を横に振って「やめとけ。」って言われたり。

リフォームの打合せを繰り返し、問題が出る度に落胆して。その度に、ばあちゃんに「あなたは商売のことを何にも分かってない。この問題はどうするの?」って言われてる気がしてがんばれたんです。「仙台で一番最初のゲストハウスを作る」のが夢だったけど、他のゲストハウスがOPENした時は悔しかったですね。

そして、今年は震災もあった。

ガソリンがないから、気仙沼へ助けに行くことも出来ない。ただ水を汲む中、なんてちっぽけな人間なんだろうと、自分の無力さを痛感しました。

もともと、建て直しを決めてからは、耐震性を基準の1.5倍にしようとしてたんですよ。
これから、ツリーハウスを作ったり、五右衛門風呂を作ったり、ソーラーパネルも取り付けて。やりたいことがいっぱいあります。

ばあちゃんの「全てに時がある」という言葉を信じて、3年かかって、2011年8月にOPENして、とにかく嬉しいんです。やっとスタート地点に立てた。オープンしてまだ数ヶ月ですが、ボランティアへ行く人もたくさん利用してくれてて、東北へ意識がある方たちの場所になってるなーと、感じています。

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●Y取材者コメント
気仙沼へ行く途中、泊った宿で、お酒を呑みながら、深夜に及ぶ大取材。眠い目をこすりながらも聞き入ってしまう壮大な旅のストーリーでした!

加賀真輝: ゲストハウス 梅鉢